Twitter / Masayuki Hatta (via tsuda)
1)たくさん情報取ってる自分は間違うとは思えない、2)あちこちで出て議論されてるのでこれて正しいはず、というところじゃないですかね。
(via swmemo) 雑多な相矛盾した情報に触れるほど人間は認知的不協和に耐えられず、分かりやすい筋道を求めるんじゃないですかね。そして陰謀論はそういった認知バイアスの歪みに最適化されたかたちで「かのような」世界を提供し、都合良く方々に引用されて複数ソースに偽装される、と。
(via masanork)
情報に触れる機会が多い=情報に触れる時間が多い=ヒマ=くだらんことを考えやすい。これじゃだめかな?
(via tekusuke) 座布団1枚!だが意外と世の中的には成功した人の中にも、よくよく話すと陰謀論に嵌っているひとが少なくない気がする。信ずる者は救われる、という世界も中にはあるのかも。
(via masanork)
swmemo説に1票。で、「部分最適化」を付け加えたい。人間、自分が見たものにまちがいはないと信じがち。情報をたくさんとってる人は、それですべてと考えがち。で、それらをすべてうまく説明できる単一の理由があると考えがち。で、それらをつないでいって一番「きれいに」フィットするのが陰謀であったと。ものごとの意味がわかるにはいろいろと「教養」やら「知識」やら「修練」やら「経験」やらが必要だというあたりをすっとばして今見えてるものだけでなんとかしようとするのは一種の部分最適化だと思います。ネットに詳しいというだけですべてに精通していると思うのは大きな勘違いですね。梅田望夫的にいえば、「高速道路」の終点まで行っただけでは目的地までまだ遠い、といったところかと。
(via h-yamaguchi)
(via clione)
みんな、陰謀厨を論じるのが、結構好きなんだな…。というわけで、ちょっとまじめに反応すると、情報量が増えた方がむしろ陰謀厨になりやすいのは、むしろ当然だと思いマース。情報の断片がぎょーさん詰め込まれて、キャパに隙間がなくなれば、逆にその隙間が目立って、何かしら埋めたくなるというもの。
反対に、情報量が少なければ、隙間だらけなんで、それを自分の頭で埋めようとはしないはず。だからその場合に発生するのは、陰謀論(すなわち人間が介在しているという発想)じゃなくて、自然とか神に対する畏怖みたいなもんでしょう。
そんでもって陰謀厨という病を予防する唯一の方策は、分からないことを「分からん」と認めることじゃないですかね。そしてこれって軍隊では常識中の常識。作戦遂行中に知ったかぶりとか推論ばかりしてたら、自分ばかりか小隊くらいは簡単にみんな死にます。ちゅどーん。
信じたい情報が得られるとそれが正しい情報と思いがち。その情報が得られたという事実、情報が得られなかったという事実も、また情報なんですよね…。